付加価値を考えてみる
まだまだ寒い真冬の季節、
お洋服業界では、否が応でも春物の入荷が始まります。
アナベルでも、すでに半分くらいが春の商品に入れ替わった店内。
皆様、手に取るのは寒くてもやっぱり春のお洋服。
ここ数年、季節の変わり目を告げるかのように、
一番に入荷をしているパンツがこちらです。
ゴーシュ
カツラギワイドパンツ ¥24000+tax
6年ほど前、「太すぎる」という声を多くいただく中、
おしゃれに対して敏感な方たちの間でジワジワと人気を
集めていったこちらのパンツ。
今では誰も「太すぎる」とは思わないところがファンションの
面白い経過だと思っています。
今年はネイビーの代わりに新色でグレーが登場。
わずかな色の変化で、長く継続されるところも
嬉しいところです。
左から、ホワイト、ベージュ、グレー、ライトブルー、ブラック。
もう数本目のご購入という方も珍しくなくなりました。
特に嬉しいのは、「すごく穿いたから、また欲しい」という
シンプルなリピートに対する好反応です。
常に変化を続けるファッションの中で、
このカツラギワイドパンツは、一切の変化をせず、居続けました。
その時々で、評価は変わるものの、ずっと在り続け、
今では定番としてお勧めできるものの一つとなりました。
まず「カツラギワイドパンツ」の「カツラギ」が商品名ではなく、
素材の名前であることからお伝えしたいと思います。
もう何度もご紹介しておりますので、簡潔に。
数年前、このパンツの人気が急上昇する中で、「カツラギワイドパンツ」が
「カツラギ」というブランドの「ワイドパンツ」だという認識を
持たれる方が一定数いらっしゃいました。
それはお電話での問い合わせで、少しづつ判明していきました。
「カツラギのワイドパンツは扱ってますか?」というお問い合わせが
多い時で1日に10件や20件ほどかかってきていました。
「ゴーシュのカツラギワイドパンンツですね。」と切り返すと、
多くの方が、、「ゴーシュ?」いや「カツラギ」です。
という反応が返ってくるのです。
そこで、アナベルのブログでは、カツラギが素材の名前であることを
たくさんご紹介しました。「チノ」や「バーバリィクロス」、
「ウェストポイント」や「ウェザークロス」が生地の名前であるように、
「カツラギ(葛城)」も生地の名前なのです。
おそらく、インスタなどで影響力のある誰かが、
ゴーシュのカツラギワイドパンツ、という紹介をしたときに、
いつの間にか肝心のゴーシュが抜けて、
「カツラギワイドパンツ」だけが一人歩きしたのだと思います。
言いやすいですしね。
もうずっと扱っているホワイト。
途中、生地が変わった時も白は白ですから。
歴代のいわゆるベージュより薄い、ライトベージュ。
こちらは前々シーズンからベージュに変わって登場したお色です。
久しぶりに変わったら変わったで、、前の色が欲しかった。。
などと言われてしまって、人気者は大変です。
またそのうち、変わるかもしれませんよ。
コットンパンツで価格が24000円というと、諦めるお客様もいて
然るべきお値段かと思います。それでもこれだけたくさんの方が
リピートをしてくださるのは、ゴーシュの実力を置いて、他には
考えられません。
モノの値段はおおよそ原価で決まりますが、それだけではないモノも
世の中にはたくさん在ります。絵画もそうでしょうし、
陶芸の世界でもあるでしょう。お料理の世界にもあって当たり前です。
ただ、その価値を評価するのはバイヤーをはじめとするお客様
一人一人だということを忘れてはいけません。
そして、高い評価を受ける人たちは、一言で言うと実力があり、
相応の努力をし続けている人たちだと思います。
ゴーシュはご夫婦で展開するブランドですが、お二人とも
誰もが知るビッグメゾンのパターンナーを務めてきたことは
良く知られています。
もちろん、だから高価であるということではありません。
彼らに質問したことがあります。
「年間何日くらいパターンを引いてますか?」
返ってきた答えは、「ほぼ毎日かな、、?」
「いや、でも少し夏休みもあるし、正月もあるから。」
「300日は絶対ですけど。」
もちろん、より良いものを仕立てるためにです。
現代では、パソコンで数値を入れたら型紙が出来上がる
ソフトも多く使われる中、彼らは手で感触を掴みながら
納得のいくまで仕上げていきます。
新色のライトグレー。
さらに続けると、300日パターンを引いたことが
付加価値に繋がるわけでもなく、認めてもらえることが
とにかく重要で、大変なことなのです。
ビッグメゾンで腕を奮ってきたゴーシュも、独立して
ブランドを始めた当初は、サンプルを数点作ってはカバンに入れて
自身が良いと思ったお店に直接出向いて置いてもらえないかどうかの
交渉を繰り返していたと言います。
そして、売れない日々が約5年続いたと。。
そう、お洋服にはシーズンがあるので、結果が出てくるのに
少し時間がかかるものです。最初のシーズンは全くお店で
結果が出なくても仕方がないでしょう。
バイヤーはある程度長期的に観測します。
それが少しづつ、少しづつ広まり、なんとかやっていけそうだと
いう感触を掴むのに5年はかかったと言います。
問題は、ではいったいどこが付加価値なのか?ということです。
それを見出すのは、いつも消費者です。
作り手は、それぞれに努力をしていますから、
「このくらいは欲しい」という値段を付けますが、
「この値段で満足した」もしくは「この値段出しても欲しい」
そういうお客様が増えないことには継続していけないのです。
ビッグメゾンにもなると、その消費者のマインドを
「宣伝」で補い、高い付加価値をキープし続けるわけですが、
我々が扱うブランドはそうもいきません。
純粋に、毎シーズン、毎シーズン、お客様を満足させ続け、
「またこのブランドが欲しい」と思ってもらえる
洋服作りを続けていかなければなりません。
そしてそれは狭き門なのです。
だってそうでしょう、考えてみてください。
一本1900円のパンツで「大して変わらない」という
評価を出す人が無数にいます。
わたしも今ではお洋服のお店をやっていますが、
洋服を買い始めた時、3900円の古着で大満足で、
何万円もするズボンを買う人たちの気が知れませんでした。
でもね、、ずっとお洋服が好きで、色々と着続けていると、
そこでは満足できなくなってくるものです。
「あ、、こっちの方がいい」って気付くんです。
でも、そうやってお洋服を楽しめる人は、きっと全体で
見ると一握りです。
実力がないと長くは続きません。
ゴーシュのお二人は20年以上第一線でやってきてもなお、
「自信がないから努力するしかない」と言い続けます。
わたしもお店をやっていて同じ気持ちでいますので、
すごく共感できる言葉でした。
「付加価値は?」の答えは一言では難しいということがわかりました。
ただ、作り手の自己評価とお客様の評価と、バイヤーの評価が、
一致していないことには成立しないということも確かです。
5年前、「太すぎる」とまで言われたパンツを今見ると、
誰もそのようには感じないかもしれません。
それがファッションのトレンドなのだと思うのですが、
その中にあって、変わらずに愛され続けるものが現れます。
それを「定番」などと呼ぶのですが、それは見た目がシンプル
なものであるとは限りません。
むしろ最初は難しそうで敬遠されているものが多いように感じます。
1960年台にファッションシーンに登場したジーンズがその最たるものでしょう。
当時は「一部の不良が穿くズボン」だったそうですから。
新しい波はいつも常識の外から起こるそうです。
それに人生を賭けて挑み続けるデザイナーには、
それだけで付加価値を感じます。